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2026-06-07 · 7 min read

熱量の条件——野球少年だった私がFIREを目指す理由

#FIRE#サイドFIRE#キャリア#ライフデザイン#自己分析

先日、buddicaの中野優作さんの動画を見た。

35歳・貯金20万・プレハブ事務所・従業員3人から中古車販売業を立ち上げ、「5年後に日本一」というマイルストーンを設定して這い上がってきた人物だ。仕事への情熱、逆算の精度、そして「かっこいい父親は、子供に少し寂しい思いをさせても、尊敬されている背中を見せられる男」という言葉。

素直に羨ましいと思った。

と同時に、怖くなった。

FIREを目指しているのに、「その後」が空白だった

私はいま、数年以内のサイドFIREを目指している。産業医資格の取得、法人設立、収入構造の切り替え——計画は具体的に動いている。

でも中野さんを見て、ある問いが浮かんだ。

FIREした後、自分は何に向かうのか。

「仕事の拘束から自由になりたい」という気持ちは本物だ。でもそれは「何もしたくない」ではなく、「自分が情熱を向けられる何かに向かいたい」という欲求のはずだった。なのに、そのFIRE後の「何か」が、驚くほど曖昧なままだった。

熱量があった時代を振り返る

考えるために、過去を掘り返した。

学生時代、野球に向き合っていた頃の自分は、今とは別人のように熱量があった。誰よりも走り込んだ。自主練を欠かさなかった。お酒のような「マイナスになること」は本気で嫌いだった。

その時、一番気持ちよかった瞬間は何だったか。

チームが勝った瞬間でも、監督に褒められた瞬間でもなく——自分が納得いくボールを投げられた瞬間だった。

あれは、誰かのためでも、外部の評価のためでもなかった。自分の意図と身体が完全に一致した、その瞬間への喜びだった。

熱量の条件を構造で考える

今の仕事——救急医としての仕事——に対して、同じ熱量が出てこない。これは怠慢なのか、と自問したこともある。

でも冷静に分析すると、「怠慢」ではなく条件の問題だと気づいた。

私が熱量を持って向かえる仕事には、共通する構造がある。

投資やサイト制作は、時間を惜しんでできる。医学の勉強は進まない。この差はここにある。

救急医の仕事は社会的貢献度が高く、その自負はある。でも「自分じゃなくてもいい」という感覚が消えない。努力は患者に返るが、自分には返りにくい構造になっている。

野球で「納得いくボールを投げた瞬間」に感じた喜びは、自分基準の精度への執着だった。その条件が今の仕事には薄い——それだけの話だ。

FIREの本質を再定義する

この構造がわかると、FIREへの欲求の意味が変わった。

私が本当に欲しいのは「仕事を辞める自由」ではなく、自分基準で動ける仕事への移行だ。

サイドFIREはその手段であって、ゴールではない。産業医への移行も、法人設立も、突き詰めると「自分が設計者になれる仕事へのシフト」という文脈で捉えると、一本の筋が通る。

中野さんが40歳でホリエモンとの対談を断ったエピソードが印象に残っている。「今会っても、ただのお客さんで終わる」という判断。感情的に飛びつかず、「対等に話せるか」という自分基準だけで動いた。

その判断軸の存在こそが、彼の熱量の源泉だと思う。自分の現在地を冷静に見て、自分基準で動く。それができる領域にいる時、人は熱量を持てる。

まだ答えは出ていない

FIRE後に何に熱量を向けるか、解像度はまだ低い。バイオメカニクス、コンテンツ発信、医師の知識を活かした別の何か——可能性はいくつかあるが、決定ではない。

ただ、問いの質が変わった。

「いつFIREするか」より、「何に向かってFIREするか」。

これを考え始めたこと自体が、中野優作から受け取った一番大きなものかもしれない。

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